フリーランスのキセキ

現在でも頻繁に語り継がれるバブル景気とは

time 2019/06/18

現在でも頻繁に語り継がれるバブル景気とは

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日本でバブル景気が起こった要因や理由は?

TeroVesalainen / Pixabay

現在でもテレビ等で景気の話になると、バブル景気に関する話題が出るケースがありますよね。ですが日本がバブル景気にわいたのは20世紀の出来事であるため、今ではバブル景気を体験していない人もどんどん増えています。

もっとも体験した人の中でも、どういった要因や理由により、あそこまでの好景気が実現出来たのかを知らない人も多いです。日本でバブル景気が起こったそもそもの要因は、1985年のプラザ合意にあると言われています。

当時のアメリカは貿易赤字により景気が悪化しており、それを解消するために日本、ドイツ、イギリス、フランスを招きドル高の是正を要請したのです。

その結果、円高が進んでしまい輸出産業が痛手を受けた事で今度は日本が不況に陥りました。日本銀行は円高不況を改善すべく、公定歩合の引き下げを行ったのです。

お陰で民間銀行の金利が下がり、企業や個人が融資を受け易い状況になりました。その結果、企業が新たに工場を建てたり個人が不動産を積極的に購入する様になった事で、地価がどんどん上昇する様になったのです。

しかも日本は国土が狭いため、地価は絶対に下がらないという土地神話も生まれました。そのため土地を購入して転売する事で、大きな利益を得る企業や個人が続出する様になったのです。

1986年にこの様な状況が出来上がり、不動産投資と共に株式への投資もブームとなりました。地価と共に株価も上昇を続けて、日本はバブル景気に突入したのです。

バブルが絶頂期を迎えた頃に起こった出来事

skeeze / Pixabay

バブル景気時代の特徴として抑えておきたいのが、一気に地価が上昇を開始した事です。

実際にバブル景気前の1985年からバブル景気に突入していた1988年の僅か3年間で、東京都の平均地価は3倍近くにまで上昇していました。

そのため不動産投資ブームが起きて、億ションと呼ばれる1億円以上もする高額な分譲マンションでも直ぐに完売するという状況が出来上がったのです。

この様な状況に土地を持つ地主の中には、地価が暴騰している内に不動産を売却したいと考える人が増えました。ところが家や店舗として貸していると、自分が所有する不動産でも上手く転売する事が出来ません。

そこで地上げ屋と呼ばれる人達に依頼して、強引なやり方で立ち退きを迫るといったケースが多く起こったのです。地上げ屋は暴力団の構成員である事も珍しくなく、自宅に怒鳴り込んで来たり、自宅の前で騒音を起こす等して強引な手口で立ち退きを迫る事も多くありました。

逆に言えばこんな強引な手段を用いて立ち退きを迫る程、地価が暴騰していたと言えるのです。同様に、株価も異様な高値を付ける事も珍しくありませんでした。

特にバブル期の象徴と言えるのが、1987年に新規上場されたNTT株です。2月に120万円で上場を開始したNTT株は、3月には300万円を突破するという異様な高値を付けていました。この様にバブル絶頂期には、土地や株式で大儲けした企業や個人が続出して、消費活動も拡大していたのです。

バブルの崩壊を招いてしまった要因について

geralt / Pixabay

1986年に始まったバブル景気ですが、残念ながら終わりの時を迎えてしまいます。というのも投資ブームにより地価や株価が異様な速度で上昇し続けた事で、本来の価値の数倍にも膨れ上がってしまったのです。

政府や日本銀行は不健全とも言えるこの状況を改善すべく、1990年に金融政策を実行に移しました。総量規制と呼ばれる金融政策により、土地を購入する際の融資額を減らす様に金融機関に行政指導を行ったのです。

同時に公定歩合も2.5から6パーセント台まで引き上げられた事で、融資を受ける事が難しくなりました。更に1991年には、所有している土地に応じて課税されるという地価税法も施行されたのです。

こういった動きにより、土地や株式が一気に売却される様になったものの、買い手が付かないという状況に陥りました。その結果、地価は上昇し続けるという土地神話は見事に崩壊してしまい、大暴落を開始したのです。

同時に株価も暴落して、資金繰りに行き詰まった企業が次々に倒産し、個人でも破産してしまう人が続出しました。こうしてバブルは崩壊してしまい、好景気から一気に不況へと陥る事になったのです。

つまりバブルの崩壊は資産価格の暴騰を抑えようとした、政府の金融政策により起きてしまったと言えます。

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